まず皆さんは尊厳死とは一体何かご存知でしょうか.

尊厳死とは,

尊厳死(そんげんし)とは、不治あるいは末期の病になっている人間が、自らの意志で延命治療などを止めて安らかに、人間としての尊厳を保ち、自然の経過のまま死に至ることである。
看護roo! (2020.7.5閲覧)

とされており,一般的に

死期が近く耐え難い苦痛があり、その苦しみから解放させるべく医師が患者の死期を積極的に早めることを指す。必要以上の延命行為をしないで自然に死を迎える尊厳死とは異なる。看護roo! (2020.7.5閲覧)

とされる安楽死とは定義上区別されています.

もう少し細かく述べると,安楽死には①積極的安楽死②消極的安楽死という二つの分類がなされおり,日本尊厳死協会によれば消極的安楽死を事実上の尊厳死とも定義しています.

そして今回の記事の内容は,

尊厳死という行為を法律的に認めても良いと思いますか?

という問いについてです.

ちなみに日本では(積極的)安楽死という行為は法律上認められていません.

なぜ尊厳死を法律で定める動きが出てきたのか

では,なぜ消極的安楽死または尊厳死に関しては法律的に認めたほうが良いという意見があるのでしょうか.

それは,医師が請け負う責任の所在が不明確になっているという主張があるためです.

これはどういうことかというと,

例えば,ある患者さんが患っている病は既にかなり進行してしまっていて,有効な手立てがない状況だとします.
(この段階を終末期と言うそうです)

補足正式には,すべての適切な医療上の措置を受けた場合でも回復の可能性がなく死期が間近にある状態とされています.

この時,その患者さんには明確な意思表示もしくはその家族・親戚(代理人)からの明確な意思表示があった場合には,担当の医師が延命行為を停止したとしても自殺幇助や嘱託しょくたく殺人の罪に問われることはないようにしませんか?ということです.

(これは,何らかの医療行為によって死期を早める積極的安楽死とは異なることは頭に留めておいてください.)

すなわち,治療中止の具体的なルールが不在であり,治療義務の限界が不明確となってしまっています.

また川崎協同病院事件(2002)での有罪判決(2009)や射水市民病院の人工呼吸器外し問題(2006)での不起訴処分(2009)も大きな話題となりました.

このような事情があって医療現場では訴追を恐れてしまい,否応無しに治療継続を余儀無くされるケースが増えているそうです.

こういった経緯から,2012年に「終末期医療における患者の意思の村長に関する法律案」いわゆる尊厳死法案(仮)が定めようとする動きが出てきました.

その法案では,終末期の判定は経験と知識のある医師二人以上によって行われ,終末期の患者(15歳以上)の書面による意思表示をしていれば,その希望に沿って医師が延命措置をしないことを認めるというものです.

この法案の制定に関する主な意見は,

 必要派 反対派
 患者,家族の意思を尊重 介護・経済的負担が理由で死を選ぶことになりかねない.
それは真の自己決定ではない.
 医師の免責

となっています.

ここまで読んでくださった読者の皆様は,この状況についてどう思われますか?

尊厳死法(仮)を認めた方が良いでしょうか.それとも認める必要はないでしょうか.

ここからは,私の一意見を述べていきたいと思います.

患者本人の意思に基づく尊厳死を法律で認めることに対する一意見

現段階においては,尊厳死に関する法律を定める必要はないと私は考えます.

この法律の主な内容というのは,医師の免責を確保するというものです.

しかし,本当に法に頼らなければならないのでしょうか.

もしそうするのならば,相当具体的に法文を記述する必要が出てきます.なぜなら,患者一人一人によって少しずつ異なって取り巻いている状況があり,

医師や医療現場からの不当な圧力による殺害とも言える行為

正当な状況判断による尊厳死執行

という事柄の違いをきちんと区別することが不可欠です.

千差万別である状況・背景を,果たして私たちの想像と過去の経験で網羅できるのでしょうか.

あくまでも医師は能動的に治療方針を決めるのではなく,各種挙げられる治療法のメリットそしてデメリットを患者ならびにその家族へ説明します.

そして,医師が挙げた治療法の中から彼らに選択を委ねるという受動的な対応をするべきではないでしょうか.

もし,判断に苦しむ場合は医師の意見を参考にしても良いです.

この一連の過程をきちんと経ていれば,ほとんどの場合で医師が訴訟などを恐れる必要などないはずです.
(ほとんどの場合と申し上げたのは,患者やその家族が希望した治療を施している際に医師が過失することがあるためです.)

そもそも訴訟という行為自体,提起する側は少なくとも何らかの理由で,提起される側の意に反することで初めて生じるものですよね.

事前の同意を取っておけば良いのでしょうが,患者やその家族に選択の余地がないまま,最悪の事態が起きてしまうとどうしても正常な判断ができなくなったり,不満が溢れたりすることってあるというか,理解はできますよね.

たとえ,尊厳死法案が可決されて制定されたとしても,内容は漠然としていて個別の事象に対応できるほどの汎用性には欠けるのではないでしょうか.

だから,そんな法律がなくても医師の免責を果たすためにも,

数多く受け持っている患者の一人だからといって,医師はその人を蔑ろにしてはならず,個々の事情を汲み取って適切な治療を施すことが求められると思います.

それが医師の最たる務めです.

そうすることで,尊厳死法(仮)による介入を必要とせずとも患者ならびにその家族と主治医との間で十分に完結できると思うのです.

(こちらもおすすめです:)

『悩み』って?〜なごや哲学カフェに参加してみた〜

移入種(外来種)問題にどう対処すべき?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です