ついに明日からミシガン大学大学院での初めての秋学期を迎えます.

振り返れば,2019年末より世界的に大流行することになった新型コロナウイルス感染症の影響で停止されていたアメリカのビザ発給業務が翌年の7月中旬に突如一部再開され,幸いにも学生ビザを取得することができた私は,その名の通り弾丸で渡航計画を立てることになりました.

本来であれば,5,6月には学生ビザを取得しておいて秋学期が始まる1ヶ月前(7月末)には渡航しているはずでした.

それに加えて,大学側からアメリカ政府が入国拒否に指定している国以外からアメリカへ入国するする際には,強制ではなく要請程度の効力であるものの2週間の自主隔離をするよう求められていたので,その2週間分も加味すると本当に今すぐにでも出国しなければ秋学期の開始までに間に合いませんでした.

航空券の購入と空港近くのホテルで2週間の滞在予約を慌てるように済ませ,日本時間の8月7日に出国しました.東京国際空港(羽田空港)より目的地のデトロイト・メトロポリタン・ウェイン・カウンティ(DTW)空港へデルタ航空の直行便が出ていました.

当日の空港はその飛行便以外のほとんどが欠航で,空港には全く人気がなく異様な光景でした.今思うと,なぜそのDTW空港行きの航空便の運行が決行されたのか理由はわかりませんが,これもまた学生ビザ取得に続く幸運だったのかもしれません.

DTW空港に到着するとすぐに入国審査がありました.

学生ビザは取得できたものの,ここを通過できなければ日本へ即刻帰国です.

というのも,当時はアメリカ合衆国国土安全保障省(United States Department of Homeland Security、略称: DHS)の意向で,新学期を全てオンラインで行う大学には諸外国からの留学生の入国は認めないという決まりがありましたので,ミシガン大学では対面の講義が一部あり,私もそれを受講すると何とかして証明する必要がありました.

結果から述べると無事入国できたので良かったのですが,当時は最後のスタンプを押される瞬間まで本当に不安で仕方ありませんでした.

入国後はすぐさまホテルへ直行し,近くのスーパーで食料調達を済ませ自主隔離に努めました.徒歩圏内にスーパーがあるホテルを予約して助かりました.

そして,その2週間の期間でホテル住まいを終えた後に住むアパートを決めました.本来なら日本にいる間に,ある程度の内見予約などを済ませて...という順序をすっ飛ばして,アパートのHPや知り合いの方からの情報を参考に,全てネット上で賃貸契約まで済ませました.それくらい時間的にかつ空間的に制限がありました.

その際の詳細にまとめた記事はこちらからご覧になれます.

そして感覚的に非常に長かった2週間のホテル暮らしを終えチェックアウトしたその日に,契約したアパートに入居しました.ここでもすぐさま最寄りのスーパーに食料と必要物資(トイレットペーパー,シャワーカーテン,お箸,etc.)を調達しに行きました.

そして,その日のうちに済ませるべきことを全てこなし終えた後,また家具も何もないだだっ広い部屋で過ごしていると,ふと我に帰るような感覚に襲われました.

アパートに無事入居して...

ここからが本題です.

入居当日にアパートの事務所で出会った人に,『異国の地で生活をすることは勇気あることだし容易なことではないよ』と言われました.その言葉は僕のような精神的に脆い人間には,口先で出たものであったとしてもどこか心に染みるような思いでした.

海外留学を志した当初はある意味盲目になっていたようなもので,壮大な目標を掲げてただ無我夢中で出願に向けた準備に取り組んでいました.しかし,その夢のような目標だったものが少しずつ現実味を帯びて眼前にやってくるにつれて,どうしても不安という気持ちが拭えないほどに大きくなってきていました.

これからの住処となる場所無事に落ち着くまで,多少なりとも忙しなく過ごしていた自分にはこのような不安を感じる遑が,幸か不幸か,一切ありませんでした.

改めて思い返したときに,この不安もまた一つ成長の糧となることを願って止みませんが、ただ率直に今までの環境に自分がどれだけ慣れ、惰性に任せて過ごしていたのかを痛感している最中です.

もうここアメリカでやるしかないのです.家族を始めいろんな人にお世話になって現在ここにいます.とても貴重な機会なのです.感謝の気持ちを常に抱きつつ,この機会を楽しむ他ありません.

明日から全力で頑張ります.

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