これから,生まれも育ちも兵庫県で過ごしてきたごく普通のある高専生が,ふと思い立ったアメリカ大学院への留学を目指し,実際に合格に至るまでの経緯を事細かにお話しようと思います.

具体的に何をどうすればいいのか?

出願に至るまでの費用はどれくらいなのか?

振り返ってみて,あの時はもっとこうすれば更によかったなと思うこと

などなど...

些細なことでもいいので,私と近い境遇にある方々もそうでない方々も,この記事を通して何か有用な情報が得られることを願っています.

因みにですが,私は神戸市立工業高等専門学校の専攻科からアメリカのミシガン大学院(修士課程)に進学しました.

どちらの学校もご存知の方は少ないかもしれませんが,とりわけ後者のミシガン大学(Times Higher Educationにおいて2020年度版世界中の大学の土木工学ランキング17位,総合ランキング21位)に関してはこの記事を機にお見知り置きくだされば幸いです.

それでは,海外大学院を志すようになった最初の契機まで遡ります.

就職?進学?・・・・やっぱり進学!

あれは遡ること3年前,2017年の2月,冬の寒さも本格的になっていたころでした.

来たるべき高専(本科)の最終学年である5年生になるまでに約2ヶ月を残し,私は軽い気持ちで合同会社説明会のパンフレットを流し読みしていました.

というのも,この頃まで私は本科(準学士課程,通例20歳で卒業)を卒業後は就職してどこかの地方公務員にでもなって,平凡かつ平穏な生活をこれから営んでいくのだという気持ちでいました.

例えば,それまでに放課後の全ての時間を費やしてきたBMX Flatlandと呼ばれる自転車競技の練習を休日の楽しみとして...

すみません,完璧な余談でした.

そういうわけで軽い気持ちだった私に,不意にある国立の研究開発法人が目に留まりました.

正直に言います.

その法人の認知度や偉大な影響力に惹きつけれられてなにやら興味が湧いてきたのです.
言いたいことは重々分かります.単純ですよね...

当時の私には,皆様がお持ちのような何かに対する強い意志なんてものは持ち合わせていなかったのでしょう.

公務員試験は他の職種に比べて採用試験の時期が遅いことから,その法人も含めていくつかの他業種も候補に入れようとしていました.

そこで,その法人の詳細を調べてみると,そこには採用方式として学位区分が設けられていなかったのです.

すなわち20歳になりたてホヤホヤの若造が,2学年上の大学生やさらに歳上の大学院生とも同時に競う方式になっていました.

一瞬で幻想から目覚めた私.

そんなに甘くはないよな...じゃあどうしようかな.受けてみるだけ受けてみるか.

そもそも他の大学生や大学院生ってどんな勉強してるんだろうか?

20歳の私からみて,大学生なら更に2年間,大学院生なら4年以上も勉強を積んでいるのか...

...

20歳でもう就職していいのかな?

就職すら進学との二択の内,勉強はもういいかなと消去法で決めていたようなものだしな...

なんてことを考えていました.

他にも,巷でよく聞くこの言葉.

「若い頃もっと勉強しておけば良かった」

個人差があると思いますが,耳にすることって少なくはないですよね.

これってなにを意味するかというと,

志無くして目先の事柄だけで選択することを続けていると,あるとき過去の自分の選択を悔やむことがあるんですよね.

まさしく,後悔先に立たずです.

注釈逆に完璧な選択というのもできないと思います.
全ての選択肢を挙げることって並大抵のことではなく,どうしても限りがあります.
そもそも何かを考えている時も実際には,自分でその何かを考えているのではなく,ふと脳にやってきた事柄を選択しているに過ぎないのではありませんか?
それよりも,完璧な選択をしようとするのではなく,自らが決めた選択を正しいものにするための行動をし続けることを意識すべきだと思います.

このように思い立った私は2017年の2月頃,翌月の春休みから本格的に就職活動を始めるぞというタイミングで進路を進学へと突如切り替えることになりました.

そして,進学先は同じ神戸高専のなかに併設されている専攻科(※)にしました.
他大学への3年次編入試験までのタイムリミットを鑑みると,少し現実的でないということでそのようになりました.


専攻科とは,中学卒業と同時に入学する本科(準学士課程)から更に2年間を経て学士号まで取得する課程になります.

長くなってしまいましたが,この選択によって私の進路の動向が大きく変わることになります.今の私がいるのも,全てこの時の決断に帰着しますね.

でも,この時はまだ海外の大学院など眼中にもありませんでした.

日本の大学院まで行って,修士号ないしは博士号を取得したのちに,先ほど申し上げた研究法人に就職しようと意気込んでいたに過ぎませんでした.

海外大学院を視野に入れたのは,これから私の身に起きる2つのことが大きく影響しました.

1つは,

母の死

そして2つは,

アメリカで催されたサマーキャンプへの参加
でした.

今回はここまでにして,次回はこれら2つの詳細についてまとめていこうと思います.

ここまで読んでくださり,どうもありがとうございました.

またお会いできることを楽しみにしています.

それでは.


補足専攻科に進学することを決めたあと,春休みは全て英語(TOEIC対策)に費やしました.
というのも,当時の私は専攻科受験に必要なTOEICの最低スコアを満たせていなかったためです(確か330点くらいしか取れていませんでした).
この英語対策についてはこちらの記事に詳しく載っています.

(続きはことらからご覧になれます:)

夢見る高専生がアメリカ大学院へ進学した話 Part 2.〜進学先を日本からアメリカへ編〜

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