この記事では,進学先を日本からアメリカの大学院に変更することになった2つの大きな出来事についてまとめています.

これからお話しすることは私事でしかないのですが,なぜわざわざ海外の大学院を目指すことにしたのかという1つの経験談になりますので,もしかすると,もしかすると読者の皆様の中で,この記事をきっかけに海外の大学院も視野に入れることになる人がいらっしゃるかもしれません.

そういう人が一人でもいる可能性がある限り,この記事を書く意義があるはずだという独断と偏見混じりでお届けしていきます.

前回の投稿(Part 1.〜就職から進学へ編〜)はこちらです:

夢見る高専生がアメリカ大学院へ進学した話 Part 1.〜就職から進学へ編〜

それでは本題に入っていきましょう.

1.母の死

私の母は2017年11月に永眠しました.

原因はがんです.

発症自体は約13年前で,亡くなる1ヶ月半まで投薬治療などを伴いながら精一杯仕事を続けていましたが,以降急激に病状が悪化して入院することになりました.

病床で生活をしていたある日,私は母に「退院したら何がしたい?」と,ドラマや小説などで耳にしたことのある質問を投げかけてみました.

母に残された期間は僅かであることは主治医の先生より伺っていましたが,実際にそのような状況に瀕すると,自分の無力さに気付きつつも,どうにかしてそれに抗おうとしている私がいました.

そこで母が答えたことというのは,

「新しいことを勉強したい.あと,海外の山に登りたい」

というものでした.

私は驚きを隠すことに必死でした.

頭のどこかで美味しい食べ物だとか旅行に行きたいなどの願望が出てくることを予期していました.

母の生前の趣味が登山だったこともあり,まだ一度も行ったことのない海外で登山したい.というのはまだ理解できたのですが,それよりも先に「新しいことを勉強したい」と口にすることなど想像もしていませんでした.

人生の最期を目前にしても,したいことの最たることとして挙げられる勉強って一体なんだ?どういうこと?

また,看護師資格を持つ保健師として県に勤めていた母は,自身の余命が僅かであることは分かっていたとしてもおかしくありません.

それが故に,驚きの程度が桁違いだったのです.

それほどに勉強とは魅力そして価値あるものだとは当時の私には理解できませんでした.

勉強をしたいという熱意を燃やしきること,そしてまだ一度も行ったことのない海外に行くことができずに母はこの世を去りました.

...

...

その勉強をやろうと思えばできるのは私です.

海外にだって行けます.

ここで使命感のようなものが私の中に生まれました.

それまでの私がしたいと思っていたことなんて,大して意味のない,単なる消去法で選択していたことに過ぎませんでしたので自然と吹っ切れました.

誰かのため,誰かの代わりに生きたって全然いいんです.

それが生きがいにだってなるんです.誰も否定できません.これからは強要や指図などとは一切無縁です.

ただ,やるならとことんやってみる,行けるところまで行ってみるということを心に刻み,母が生きて成し得たかったことも私が全うしようと誓いました.

2.NASA留学(?!)で出会った友人が放った一言

母の死を機に,この夏はどこか海外で行われるインターンシップに参加することを決めていた私は2018年の8月19日〜9月2日の期間,アメリカ合衆国のテキサス州はヒューストンにて,あるサマーキャンプに参加しました.

それは,HASSE Space School(or HSS)と呼ばれる体験型の学習プログラムで主にアメリカ航空宇宙局(通称NASA)が所有する施設(Johnson Space CenterやSpace Center Houston)で活動を行いました.

ちなみに・・・このHASSE Space Schoolそのものや,実際にそれに参加した私の体験談についてはこちらの記事からご覧になれます:(すみません.後日投稿します)

私の視野を広げることになった一言というのは,ある予定と予定の間の休憩時間の談笑の際にある日本人の友人が発したものです.

「おれ,スタンフォード大学院に進学しようと思ってる」

この一言を聞いた瞬間は,意識下で心境に大きな変化というものはなく,ただ驚いていました.

でも考えてみれば,そう.ここはアメリカのテキサスです.

まだ認知度はそこまであるわけでもない,このプログラムに参加している時点で海外に対する何かしらの志は持ち合わせている人がいてもおかしくないですよね.

しばらくしても,さっきの一言が頭の片隅に残って仕方ありませんでしたので,帰国後私はすぐさま海外(主に英語圏)の大学院について調べることにしました.

そして,なぜアメリカにしたのかといいますと,

 

  1. 英語圏
  2. 勉強に対して貪欲
  3. 宇宙開発の先導国
  4. 客観的視点と言う名の見栄え意識

 

という条件が重複している国として真っ先にアメリカ合衆国が浮かんできたからです.
3番の「宇宙開発の先導国」を条件とした理由は,

将来は宇宙開発に供するコンクリートの研究をしたいと思っていたためです.

なぜコンクリートが宇宙開発に関係しているのかというお話はまた今度...

最後に

ということで,今回は大学院の進学先を日本から海外へと方向転換することになった二つの大きな出来事をお話ししました.

そして次回は,

アメリカ大学院に出願するに至るまでに具体的に何をしたのか

を時系列に沿ってお話していきます.

時間がないから要点だけ教えてくれと思われていた方々には焦らしているようで申し訳ありませんでしたが,そもそもの契機というものがこの先,出願する際の大事なポイントになりますし,進学後もそれが精神的な礎・土台となるわけですからね.

この記事を読んでくださっている皆さまも一人一人それぞれの道のりを経た中で,海外大学院を志望するに至るまでの大事な岐路となった事柄については今一度よく整理されますことをお奨めいたします.

具体的な初期準備についてまとめたPart 3. はこちらです:

夢見る高専生がアメリカ大学院へ進学した話 Part 3.〜出願まで残り1年半編〜

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